タイトル | 総合的研究 記述式答案の書き方 | |||||||||||
出版社 | 旺文社 | |||||||||||
出版年 | 2018/9/18 | |||||||||||
著者 | 﨑山 理史、松野 陽一郎 | |||||||||||
目的 | 数学の記述対策 | |||||||||||
分量 | 192ページ | |||||||||||
評価 | ||||||||||||
レベル | 日常学習 | 教科書基礎 | 教科書標準 | 入試基礎 | 入試標準 | 入試発展 | ||||||
※入試基礎=日東駒専、地方国公立 入試標準=MARCH、関関同立、準難関国公立(地方医含む) 入試発展=旧帝大上位、早慶、医学部
対象・到達
【対象】
・難関国公立志望、全統模試偏差値65以上
・数学教員、数学科の大学生
・数学の座学に興味のある大人
【到達】
・記述式答案の心構えから根拠の述べ方など押さえておくべき知識が身につく
・好印象な答案を書けるようになる、いい加減な取り組み方が矯正される
本書は2018年に旺文社から出版された「数学の記述式答案の書き方」をテキストメインでまとめた参考書です。具体的な入試対策というより、同値記号の使い方や注意点など数学における記述式答案のあるべき事柄を論じたものになります。類書がほとんどなく、記述式答案の心構えから述べていく稀有な参考書です。
非常に素晴らしい参考書なのですが、どうやら絶版になってしまったようです(※電子版はあります)。現役生でも本書を推奨したいと思える層は最難関大志望の理系上位層くらいでしたし、数学教員を志す大学生や現役数学教員がメインターゲットと言っても差し支えないほど厳密な内容です。現役生には、同シリーズの『総合的研究 数学I・A記述式答案の書き方問題集』と『総合的研究 数学II・B記述式答案の書き方問題集』の方がまだ問題集形式で理解が進みやすいと思いました。
しかし、現役生の多くにとって、数学の記述対策というのは『国公立標準問題集 CanPass 数学』のような国公立向け問題集に含まれる「記述する際のポイント」を掻い摘む程度でも問題ありません。もちろん、本書は学校の定期テストであろうとも「数学の記述式答案」を書くなら役に立つ知識が詰まっているのは間違いありませんが、本格的で厳密な内容ゆえに、本書やその問題集版は東大や京大、東工大(科学大)、その他旧帝大の難問に取り組む際にあって欲しい知識と言った方が誤解は小さいと思います。難問の部分点が合否を分ける大学・学部なら本書の有用性は高くなりますから。
本書の構成
【第1部】よい答案への第一歩
第1章 答案作成ことはじめ―よい答案とは?
第2章 答案を読んでもらうために―心構え・根幹、心構え・初級編、心構え・中級編
【第2部】答案での基礎的な表現
第3章 根拠を述べるための言葉遣い
第4章 等式を用いた計算の書き方
第5章 数式の位置づけの明示
【第3部】条件の言い換え
第6章 条件の扱い方
第7章 同値記号の使用について
【第4部】記述式答案の書き方・実戦編
第8章 いろいろな証明の記述
第9章 条件の同値な言い換えの具体例
第10章 不等式と変数のとりうる値
第11章 領域・軌跡
第12章 対称性の利用
数学の記述について真剣に考えたことがない人の方が多いと思うので、【第1部】を読むだけでも価値はあります。その後は高校数学の各単元で使用される記号や略号、言い回し、証明の注意点と考え方を述べているので、必要に応じて参照することもできます。これだけなら誰でも取り組みやすいものに感じますが、大人ならまだしも、現役生には本書のテキストにある「何がどうしてそれは良いのか、悪いのか」をいまひとつ理解できない、本質的な意図まで伝わらないと思われます。
同値記号を用いると, 日本語で「〇〇となるのは□□のときであり, それは△△と言い換えられる」とか, 「〇〇は□□と同値で, さらに△△と同値である」と書く部分を, 記号「⇔」のみで「〇〇⇔□□⇔△△」のように手短にすませることができるので, 書くのも読むのもすっきりするという利点があります. 一方で, きちんと理解して使わなければ, 書いた人の意図とは異なる意味を持ってしまうおそれがあるので, 誰にでもお勧めする書き方ではありません.
総合的研究 記述式答案の書き方 P95より引用
高校偏差値65以上ではあまり見受けられませんが、高校偏差値60未満では定期テストだけ高得点を獲るタイプがいます。一般的な定期テストは決められた範囲内にあるものを暗記するだけで足りることが多いため、数学の場合、問題を解くための操作をほとんどそのまま当てはめれば良く、自分がなぜそれをしているのか、そもそも〇〇とは何か?と言った根本的な部分を蔑ろにしても点数に影響しません。しかし、これは記述式答案を書く場面で確実に暴かれます。
本書に書かれてある内容は「記述式答案の書き方」ではあるのですが、記述する際の注意点が本質ではなく、正しく書くために必要な“数学の考え方”に大きな価値があり、現役生の場合、そうした暗記数学しか経験していない人ほど本当の数学に触れる機会にもなります。上記の引用にある「書いた人の意図とは異なる意味を持ってしまうおそれがあるので―」というのがまさに自覚なき数学的操作(暗記数学)が暴かれる場面です。
数学とは何か?の一端に触れられる
数学を学び直したい大人が本書を手に取る価値はあるのか?というと、高校数学の入試基礎~標準を終えたあとなら価値があります。問題をただ解くことから数学的な表現を知るちょうど良い架け橋になっているからです。高校数学の勉強をするなら必ず記述問題に触れてほしいという意味でもあります。この記述問題とは典型的な操作、ほとんど機械的に終わってしまうものではなく、最難関大の理系数学にあるような問題のことです。
高校数学の入試標準を超えた難問は別次元の難しさがありますが、本当は難しいというよりも数学が本来要求するものと言って良いかもしれません。東大理IIIや京医などを対象にした『入試数学の掌握』という参考書は扱われている問題こそ非常に難しいものの、親身な解説から「数学が好きになった」という感想を漏らす人もいます。どういうことかと言うと、どこから手をつけたら良いかわからない難問には今まで経験したことのない思考が要求され、そこに上手に気づかせてくれたということです。ほとんどの人が解法暗記で終えてしまうために“数学らしい頭の使い方”に気づかないのですが、一皮むけて難問と向き合えるようになると「数学のおもしろさ」が待っています。
そして、そのおもしろさの一端が本書にはあります。本書は数学的な表現の厳密性に焦点を当てていますが、同時に数学らしさについても随所で語っています。良い答案と良くない答案の例もわかりやすい。現役生は国公立志望なら本書にあるような疑問を抱き、失敗もたくさんしているでしょう。そこから「どのように記述式答案を書けば良いのだろうか?」といった疑問が醸成されたとき、数学畑にいる優れた先生の講義に納得の連続だと思います。大人であれば、その言葉の節々から伝わる数学の効用のようなものを察し、数学が思考力向上に寄与する随一の科目であることを実感すると思います。