方程式・図形・関数からとらえる数学の基礎 分野別標準問題精講―難問に必要な数学的思考を学ぶ

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タイトル方程式・図形・関数からとらえる数学の基礎 分野別標準問題精講
出版社旺文社
出版年2025/9/29
著者池田 洋介
目的高校数学の考え方を深める
対象難関大志望の現役生から大人の学び直しまで
分量400ページ
評価
AI文章読解のサポート
レベル日常学習教科書基礎教科書標準入試基礎入試標準入試発展
※全統模試目安 [教科書基礎=40~45][教科書標準=45~50][入試基礎=50~55][入試標準=55~65][入試発展=65~70]
※入試基礎=日東駒専、地方国公立 入試標準=MARCH、関関同立、準難関国公立(地方医含む) 入試発展=旧帝大上位、早慶、医学部

暫定版です。今後評価が変わる可能性もあります。

入試標準以降を円滑に進めるための基礎力

 本書はつい先日旺文社から出版された入試数学の基礎的な考え方を学ぶ参考書です。著者の池田先生は高校数学の入門書である『数学入門問題精講』も執筆しています。『数学入門問題精講』はここ数年の高校数学入門書の中で最も支持されていると言っても過言ではありません。おそらく池田先生は現役生が悩みやすいポイントを的確に押さえ、かつそれを丁寧に噛み砕く解説が評価されているのだろうと思います。教科書との併用、もしくは代替として機能する『数学入門問題精講』を個人的にも高く評価しています。

 本書は難易度的には入門から大きく離れているようで、実は近いような位置づけにあります。どういうことかというと、入試標準以降の対応力を高めるための基礎を充実させる内容になっているからです。ただ、その基礎とは基礎的な解法ではなく、数学の概念や論証を深めるという原理的な基礎のこと。入試数学は解法暗記で乗り切る人も多いと思いますが、解法暗記は入試基礎までなら地で行くことはできても、入試標準以降はそれなりに深い思考力を要求されて詰まる人が少なくありません。「なぜ、そうなるのか」を本当の意味で理解できず、どこか誤魔化しながら解法を丸暗記するだけになってしまうのです。

 本書にはそうした問題を解決できる可能性があります。本書のコンセプトはいわゆる横割り本とは少し異なり、今までにあるようでなかったかもしれません。入試標準以降の難問を意識して「基礎を再構築する」というのは指導の発想としても素晴らしいと思いました。他方で、大人の学び直しでは読み物として楽しめると思います。数学を単なる問題を解く科目と考えている人ほど本書の内容は有益です。指導者にもオススメ。入試数学は解法暗記を超える部分にこそ学びとしての価値が大きい“数学らしさ”が詰まっています。なぜ数学が論理的な思考を養成できるのか。以前に紹介した『総合的研究 記述式答案の書き方』に近い読後感を得られると思います。

すでに入試標準まで自分なりの解法暗記だけで得点できている人、かつそれで合格点を狙える人にとって本書は必ずしも必要ありません。本書は問題文や解法、解答の数学的な理解度を上げ、難問で要求される思考力の養成を主眼に置いています。ただ、入試数学の難問から得られる考え方を抽出しているとも捉えられるので、誰が読んでも思考力に寄与する参考書になっています。

解説の一例―練習問題102題を通じて学ぶ

 本書は全章を通じて「そもそもどういうことなのか?」と根本的な疑問に答える内容になっています。例えば「3x+5=11」の方程式を解くと、誰もが「x=2」と苦労なく解答を導けると思います。しかし、そもそも方程式を解く作業とはどういうことなのか。これに答えられる人はほとんどいないでしょう。

当たり前のようにしている「方程式を解く」という作業の意味を見直してみましょう。
 3x+5=11    ……①
は,「 x についての条件」と見ることができます. 方程式①の「解」とは, この条件が成り立つような x のことであり, 「方程式を解く」とは, その解をすべて求めることです. つまり, 「方程式①を解く」というのは
 条件①の真理集合を求めること
なのです.
方程式・図形・関数からとらえる数学の基礎 分野別標準問題精講 P38より引用

 本書は予備知識から始まり、第1章「命題と条件」で「集合と論理」を復習しつつ、方程式について捉え直しています。第2章「全称命題と存在命題」と第3章「写像」では論理命題を学び、関数を発展させた写像という概念を用いて数学に現れる多様な事象を統一的に捉えることを目指しています。そして、第4章「ベクトル」では、図形分野における強力な武器となるベクトルについて解説しています。第1章と第2章の論証に関わる内容は『数学を決める論証力―大学への数学』に近いものになっています。

方程式   ……条件 p
方程式を解く……条件 p の真理集合 P を求める
方程式の解 ……真理集合 P の要素
方程式を解くときは, 同値変形を繰り返しながら, 最初の条件と全く同じ意味を持つ, より簡単な条件に置き換えていきます.
方程式・図形・関数からとらえる数学の基礎 分野別標準問題精講 P38より引用

 こうした数学的な考え方の整理は必ずしも必要になるものではありませんが、難関国公立の証明問題で求められる方針の探索や試行錯誤、論理の厳密性、抽象的な問題文の理解では必要になるものです。入試数学の難問が別次元と言われる理由もよくわかります。

「方程式 3x+5=11 を解く」とは, その真理集合
 { x | 3x+5=11}  ……②
を求めることです. ところが, この形のままでは集合の具体的な要素はわからないので, それがわかるように同値変形していきます. ここで重要なのが
 同値変形は真理集合を変えない
ということです. 3x+5=11 を同値変形して x=2 が得られたのですから,
 { x | 3x+5=11}={x | x=2}={2}
つまり, 方程式①の解は2(のみ)ということがわかるのです.
方程式を解くことは, 「絵画修復」の仕事を連想させます. 最初の条件のままでは, ぼんやりとしていて実体がよく見えない真理集合を, 同値変形というブラシでほこりや汚れを取り除いて, その輪郭がはっきり見えるようにしていく, というイメージですね.
方程式・図形・関数からとらえる数学の基礎 分野別標準問題精講 P39より引用

 このように方程式・図形・関数の問題に触れながら、難問に繋がる思考力を養成する解説に終始しています。第4章で一から解説されている「ベクトル」は『入門問題精講(約50ページ)』でも取り扱われているのですが、本書では約160ページにわたって解説されています。『入門問題精講』はベクトルの易しい解説と解法暗記的な基本問題を取り扱っているのに対して、本書では入試標準までの問題を扱いつつ、第1章から第3章で学んだ知識を活用しながらベクトルの概念を解説(再構築)しています。

 ちなみにそれは一から理解できると言えばできる解説ですが、本書のコンセプトからして初心者向けというわけではありません。また、練習問題は難しくとも旧帝大志望にとっては標準・定石問題と言えるレベルですが、それ以外にとっては難しく感じられるものもあると思います。ただ、ベクトルは『入門問題精講』などで基本問題だけ解けるようになっても、入試基礎、標準と進むと根本的な理解が足りずに躓きやすいので、全ての問題に取り組まなくとも本書で理解だけ深めるのはありかもしれません。

池田先生は『ゆる数学思考 日常の見え方がちょっと変わる』を出版されていることからも、数学的な考え方そのものに触れる解説が長所にあるように思います。個人的に好みの参考書です。

理解を深める参考書の筆頭になり得るか

 本書に近いコンセプトの参考書は数が少なく、特に難関国公立志望に広く役に立つという意味では2025年現在筆頭候補かもしれません。例えば『総合的研究 論理学で学ぶ数学』や『数学の真髄』などは最難関大理系志望ならまだしも、全体的にかなり難しい参考書になっています。前述した『数学を決める論証力―大学への数学』は104ページでスッキリとまとまっていますが、要点を押さえられても理解しやすいかはまた別です。内容に関しては本質的なので出版年の古さは気にならないかもしれません。

 その点で本書は『問題精講』シリーズでレイアウトも見やすく、池田先生の解説は現役生には特に受け入れられやすいと思います。AIにもまだまだ代替できない領域です。何より「今までの当たり前を改めて考え直す」というコンセプトが非常に優れています。人間の思考力を向上させる際に、メタ認知を促進させ、客観的に自らの思考を再構築する方針は有力です。例えば「なぜ、私たちは仕事をするのか」「なぜ、私たちは家族や友人を求めるのか」といった根本的な問いは思考を強く刺激します。逆に言うと、解法暗記然り、何事も一辺倒では柔軟さを失って思考が袋小路(丸暗記)に陥りやすいわけです。

 他方で本書を難問対策として捉えると、難問の解法と考え方を学べる『真・解法への道』のような直接的な効果はありません。入試標準レベルまでの問題をより安定して解けるようになる効果はありますが、それは実質的な復習と数学的思考が高まった結果に過ぎません(本書にとってはこれが大事)。本書の内容は大学以降の数学でも大切な考え方なので、受験を終えてから取り組むのもありです。競合する参考書がすぐに思い浮かばないという意味では、ひとまず買っておいても損はありません。

400ページの分量は多いかもしれませんが、解説の充実から実際には読み進めやすいと思います。また、本書で数学的な国語力が伸びると、AIとの対話の質も向上して想像以上の成長を望めるかもしれません。

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