人間は興味のないものを覚えない
人間は興味のないもの、自分にとって重要でないものは覚えません。例えば、家族の名前は覚えられても、見ず知らずの他人の親戚の名前は覚えられないでしょう。一時的に覚えられてもすぐに忘れてしまいます。同様に、大学受験で英単語を覚えなければならないとしても、そもそも英語に全く興味がなければ覚えられません。ですので、英単語を覚えたいなら第一に英語に興味関心を持ち、できたら好きになることが重要です(=内発的動機の構築)。
言い換えれば、内発的動機とは自分自身と対象との関連づけです。例えば、英単語では品詞別にグルーピングして覚えることがありますが、同じものや似たものという関連づけは単語を思い出しやすくも定着しやすくもします。関連づけによって意味を見出し、意味が見出されれば自ずと重要なものと認識して記憶の定着を促していきます。
つまり、何かを覚えたいなら、その対象と自分自身をどのように関連づけるかが最初に考えるべきことであり、その後は関連づけを増やすほど記憶の定着は促されるのです。知識はネットワークによって定着・発展していくと考えても良い。逆にむやみやたらに自分自身との関連づけを増やしてしまうと、短期記憶のリソースを浪費して覚えたいものが覚えられなくなってしまいます。本来自分と無関係のものには最初から触れない、考えないことが鉄則。様々なものに興味を持ち、視野を広げることも人生において大切ですが、大学受験や資格試験といった目標を定めた時点で分散したリソースをできる限り一極集中させなければなりません。それによって自分自身との関連づけが強化され、さらなる記憶の定着が促されます。
1日に覚える単語数と反復方法
1日に覚える単語の数を明確に定めるよりも、時間内に覚えられるだけ覚える方針が有力です。例えば、2000語収録の単語帳なら1日100語を20日で1周と計算したくなりますが、実際は覚えにくい単語が多い日もあれば少ない日もあるでしょう。頭がスッキリしている日もあれば、そうではない日もあるでしょう。しかも1日に100語きっちりと完了してしまうと、完結した物語のように続きが気にならなくなってしまうと言われています(ツァイガルニク効果)。勉強計画遂行の観点からも優先すべきは勉強時間(生活習慣)の方なので、時間内に覚えられるだけ覚えて中途半端な単語数も“認知的な緊張感=ちょっとした気持ち悪さ”として残しておきましょう。中途半端だと気持ち悪い気持ちを利用して脳を騙し続けるのです。
そして、先に述べたように関連づけは多いほど記憶の定着が促されます。例えば、好きなバンド名と同じ単語が使用されていたら強い関連づけから記憶に残りやすくなるでしょう。単語から英作文や英会話のフレーズを考えたり、語源情報を確認したり、音声で聴覚から情報を得たり、単語の文字列から勝手に物語やイメージを関連づけたりする方法も有効です。例えば「procrastinate=先延ばしにする」なら「プロが暗く明日でいっか」と無理やりこじつけてしまうだけでも定着しやすくなります。こうした関連づけは単語を覚えようとする中で無意識にやっている人も多いと思います。
また、1日に覚える単語数は決めないとしても、できたら100語以上は意識したいところです。1語ずつじっくり覚えていくのではなく、大雑把であっても何度も周回する方が定着します。何だか見たことある単語から、少しずつ輪郭をはっきりとさせていくイメージです。単語の覚え方は、オーソドックスに単語を隠しながら意味を答える自問自答形式でも何でも問題ありません。反復方法に関しては単純反復もあれば、逆順反復、ランダム反復など脳への刺激になりやすいものを選ぶとより良いでしょう。隙間時間に「あのページの上から二番目にあった単語は何だっけ」などと単語を思い出そうとするだけでも定着は促されると言われています(アクティブリコール)。反復間隔はその日の最後、1日後、1週間後、1ヵ月後など徐々に間隔を空けていきます。復習は必須ですが、間隔は個人差が大きい部分です。
脳への刺激が記憶の定着を促す
「関連づけが多いほど記憶の定着を促す」に近い話ですが、人間は五感を活用した記憶は定着しやすいと言われています。例えば、以前から絶対に満点を獲るつもりで勉強していた試験だったのに、最後の1問落として100点満点を逃してしまったとしましょう。すると、その最後の1問はずっと覚えています。当日の試験会場の匂いから、自分の受験番号の机に向かうときの足音、筆箱からペンを出して書き込んだ時の筆圧、緊張による心臓の鼓動といった感覚が追随すればするほど最後の1問の記憶は残り続けていきます。
今はデジタル学習も珍しくありませんが、そうした人間の五感に訴えかけやすいのはアナログ学習です。「実際に本を手に取り、シャープペンで単語を書き出しながら声に出して覚える」といったアナログ作業の方が記憶の定着率は高まります。もちろん、これには個人差があり、デジタル学習でも遜色なく、むしろデジタル学習の方がより良い人もいるかもしれません。また、脳は刺激に対して徐々に慣れていきます。刺激に鈍感になるほど記憶定着への寄与度は下がるため、刺激を生み出せるような工夫を考えておくとより良いと思います。例えば、友人と単語クイズをしたり、普段使用していない単語帳を使ってみたり、環境を変えてみたりです。
ただ、注意点として刺激が自分にとって不快にならない、過緊張に陥らないものに限ります。これは脳への刺激という一つの観点から語っていますが、緊張とパフォーマンスの関係や強すぎる刺激から集中力を阻害してしまったら本末転倒です。なので、基本的には刺激に対して鈍感になってきたときに調整すること。例えば、同じ単語帳を頭から反復し続けることだけは避けようと覚えておけばひとまず十分です。
コアイメージの形成
単語のコアイメージの形成は四技能全てに役立ちます。例えば「stand」は「立つ」が一語一訳の意味ですが、コアイメージは「ある一点に留まる」です。さらに前置詞「for」のコアイメージには「~の代わりに」があるので、熟語「stand for~」は「~を表す」と容易に推測できるようになります。さらにニュアンスや使われる状況も把握できるため、リーディングやリスニングにおいては理解する速度が上昇し、ライティングやスピーキングにおいては適切な表現を素早く選択できるようになるのです。これは日本語を想像したらわかりやすいと思います。
しかし、一般的な単語帳はコアイメージの形成を促すものがほとんどありません。生きた単語に触れる、すなわち一つの単語を様々な文脈で理解すると自ずとコアイメージが浮かび上がるのですが、あらゆる単語でそれを行うにはなかなか時間がかかります。しかも英語が苦手な人ほど凝り固まった一語一訳に囚われがちです。いつまでも「with=~と一緒に」としか理解しません。そこで『普通の英単語』や『DUO elements』のようなコアイメージを直接的に理解する単語帳を個人的には推奨しているわけです。『普通の英単語』は会話頻出の単語のコアイメージを解説してくれています。『DUO elements』は主に句動詞をイメージで解説する単語帳です。そもそも日本語と英語の意味の1対1対応を無理やり行うのではなく、日本語を介さない“イメージ”で理解してしまおうということ。英語に慣れてくると、わざわざ日本語に変換しませんからね。
この辺を意識しないと、既存の単語帳では必死に一語一訳を覚えさせてしまいます。2000語なら本当に2000語の凝り固まった意味を覚えることが正義と思い込んでしまうのです。凝り固まった意味は一意に定まる正しさを持っているように感じますが、実際は文章の意味を柔軟に理解する思考を奪ってしまう恐れの方が大きい。結果、読解速度が遅く、ひどい和訳になるばかりです。別の言い方をすると、仮に2000語覚えたとしてもコアイメージが形成できるように様々な文脈に触れる=多読多聴の段階が不可欠になります。一語一訳は思考の足掛かりに過ぎず、本質的ではないことを覚えておいてほしいと思います。
音の正確な記憶も刻む
単語を覚える際に音声利用もしますが、音声利用は発音学習を終えていないと効果が半減します。一般的な日本人はカタカナへの意識が強いため、英語音声のほとんどがカタカナ英語に変換されてしまうからです。これは音の認知に限らず、文章の意味であっても何でも、自分にとって都合の良い形に歪むバイアスが人間には多かれ少なかれ備わっていることも意味しています。勉強によって理性的・客観的な物の見方を学ばないと、いつまでも物事を正確に捉えることができません。この意味でもカタカナ英語からの脱却、自分が発音できない音は聴き取れないと向き合う必要があると考えています。できる限り正確な音を刺激にして単語の記憶定着を促したい。
そこで『発音の教科書』シリーズによる学習です。発音は完璧に身につける必要はなく、ひとまずカタカナ英語から脱却できれば十分です。その際に重要となる論点は2つあります。1つは英語らしい音の理解。もう一つは音の結合(消失)=リンキングです。まず、英語らしい音の理解。わかりやすいようにあえてカタカナ英語で説明すると、私たち日本人は「drive=ドライブ=dolaibu」と認識してしまいますが、これを「デュラィヴ」まで寄せることでカタカナ英語が良い意味で崩れていきます。次にリンキングは「put it=プットイット」ではなく、「プリットゥ」と単語同士の結合の事情を理解します。最低限これだけでも知識として入れておけば、リスニングで足を引っ張られることがなくなります。たったこれだけで良いのです。頭の中でカタカナ英語ではない音を認知できていれば、正しい音に自然と寄っていきます。
単語の記憶定着の観点から言うと、音声利用はカタカナ英語であっても効果があります。音による刺激と関連づけが増えるからです。しかし、英語学習の観点から言うと二度手間です。理想を言えば、英語のリズムまで学習したいところですが、これは本格的なリスニング対策の段階でも問題ありません。むしろリスニング対策の段階にならないと実感として湧きづらく、リズム学習の効率が下がってしまうと思います。優先すべきは単語の正確な音とリンキングです。