高校生のための哲学・思想入門―哲学で抽象的な思考を目覚めさせる/ちくま評論・小説選のまとめあり

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タイトル高校生のための哲学・思想入門
出版社筑摩書房
出版年2014/11/25
著者竹田 青嗣、西 研、現象学研究会
目的高校現代文・読解力向上
対象現役生から大人まで
分量208ページ
評価
AI本文の疑問点や用語の理解を深める
レベル日常学習教科書基礎教科書標準入試基礎入試標準入試発展
※全統模試目安 [教科書基礎=40~45][教科書標準=45~50][入試基礎=50~55][入試標準=55~65][入試発展=65~70]
※入試基礎=日東駒専、地方国公立 入試標準=MARCH、関関同立、準難関国公立(地方医含む) 入試発展=旧帝大上位、早慶、医学部
加筆修正の履歴

2026/02/19 分量をちくま科学評論選と間違えていたので修正しました。

哲学・思想の抽象性から学ぶ―解読習慣で読解力を劇的に向上させる

 本書は2014年に筑摩書房から出版された高校生のための哲学・思想のアンソロジーです。抽象的で要領を得ない哲学・思想の名著を解説付きで理解できる大人にも非常にオススメできる一冊なのですが、今回取り上げた理由は別にあります。それは人間の思考力、および読解力を劇的に向上させるには哲学・思想系の文章に触れるのが一番という持論があるからです。確かに一朝一夕で読解力を上げることは難しく、今から述べる方法も半分は眉唾物で私自身もそこまで強く推奨する価値があるのか断言できません。興味を持った方は騙されたと思って試してみてほしい。

 しかし、本書には力を伸ばすための条件が揃っているのです。詳しくは後述しますが、読解力を向上させるとは思考力の向上、特に抽象的な思考力を獲得できるかどうかにかかっているところがあります。なぜかというと、そもそも言葉の概念形成が抽象的な領域で行われるため、一定の思考力がない人は言葉の表面的な意味を把握するだけで精一杯になってしまうからです。思考のブレイクスルーが起こらないと、物事を構造的に捉えられないと同じ話。そして、その抽象的な思考力の獲得には主に2つの方法があります。1つは数学です。抽象的な概念を扱い続ける数学はそういった思考力向上に寄与するのは説明不要だと思います。そして、もう1つが哲学。これは哲学関連の書籍を読んでみるとわかる通り、終始抽象的な話が展開されていますよね。それを理解する、すなわち「抽象→具体・具体→抽象」を思考が往復する経験を哲学なら効果的に積めるということです。

 しかも本書は単なる哲学・思想の名著の一部が収録されているだけでなく、それら本文の下部に「解読」という形で現代語訳が与えられています。読解力向上のためには文章を読むことを日課にする。これ自体はとても素晴らしい試みですが、読むという行為の強度が足りない、つまりは理解への試みになっていない可能性もあります。言ってみれば高校生が小学生の文章を読んでも思考力向上に寄与しないのと同じ、であるなら読解ではなくて“解読”の方が読解力向上に寄与するのではということ。理解が難しい文章を読み、考えて、調べて、理解するという経験が本書なら一冊で完結します。これを取り上げないわけにはいかないだろうということで力強く文章を書いてみました。

繰り返すようですが、本書は哲学・思想の名著を高校生にもわかりやすい形でまとめたものです。決して読解力向上のための参考書ではありません。そういう使い方ができることに気づいてしまった酔狂な人間による半分は妄想です。それと正確に言うと、読解力は「抽象的思考力(論理構造の把握含む)」以外に「語彙・文法・背景」の知識も当然必要なので、思考力以外の部分が疎かだと読解力は伸びません。

本書の構成と解説の一例

 読解力のことは一旦忘れてもらって、内容に関しては素晴らしいの一言です。哲学・思想に興味を持った人の最初の一冊として最適。収録されている哲学者も主要な人物を一通り押さえています。現役生なら特に世界史、あるいは公共・倫理を選択している人なら購入して損はありません。知的好奇心を刺激してくれます。

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収録されている哲学者タイトル
プラトンイデア―ここから哲学が始まる/プラトニック・ラブ―恋愛の正しい道
アリストテレス最高善―人生の最も大事な目的とは
ホッブズ万人の万人に対する戦争―戦争のない世界を作りたい
デカルト我思う、ゆえに我あり―この世界は私の夢かもしれない
ルソー社会契約―法律や国家の正当性はどこにあるか
カント認識と実践の問い―神の存在は証明できない/可想界―内なる道徳法則への畏敬
ヘーゲル主人と奴隷―奴隷こそ自由になる/自由意志―真の自由とは何か
キルケゴール無限性と有限性の絶望―夢に走るか、世間の一人になるか
マルクス唯物史観―歴史と社会を経済から読む
ニーチェ道徳の起源―恨みが善を作り出す/永遠回帰―人生を深く肯定するには
フロイトエスと超自我―もう一人の「私」
ソシュールシニフィエとシニフィアン・ラングとパロール―言葉とは何か
フッサール現象学的観念論―認識の謎を解く
ハイデガー用具性―事物とは道具である
ウィトゲンシュタイン言語ゲーム―私たちはつねにゲームをしている
アレント差異性と他者性
メルロ=ポンティ知覚の本質―世界とは、私が生きているもの
レヴィ=ストロースブリコラージュ―未開の人の「知」のかたち/冷たい社会と熱い社会―「文明」ってなに?
フーコー一望監視施設(パノプティコン)―もっとも効率的に管理するには
デリダ現前の形而上学・音声中心主義
その他哲学・思想の流れ1~7
中世哲学、大陸合理論、イギリス経験論、ドイツ観念論、実存主義、プラグマティズム、ポスト構造主義

 まず、原文は読んでも理解できないと思います。そもそも原文全体を読んでも難しいのに、一部を抜き出しただけでは原理的に不可能と言わざるを得ません。しかし、そうした経験がとても良いのです。原文を理解することは難しいとしても、論理の輪郭をなんとか捉え、こういうことを言いたいのではないか……と慎重に検討していくことでその後に読む「解読」が力になります。

想像的なものとは、一般に、人間を無限なもののなかへ連れ出して、ただだんだんと自己保身から遠ざけるばかりで、そうして、人間が自己保身に帰ってくることを妨げるものである。
高校生のための哲学・思想入門 P88 無限性と有限性の絶望より引用

 このキルケゴールの一節の「解読」を次の引用で確かめてみてください。

想像によって生みだされるものは、一般に、人間を(宇宙のはるかな広がりや人類の運命のような)無限なもののなかに連れ出して、だんだんと本来の自己保身から遠ざけ、人間が自己保身に帰ってくることを妨げるものである。
高校生のための哲学・思想入門 P88 無限性と有限性の絶望より引用

 解読の文章を読んでもなおわからないかもしれませんが、この後に続く文章と哲学者、思想、本文の解説によって具体的な理解に近づけるようになっています。さらに原文と解読の往復、つまりは原文の持つ抽象性と解読の具体性が対比されて心地の良い理解に繋がっていくと思います。哲学・思想に興味のある人には、率直に買ってほしい一冊です。わかりやすい。

 ここで読解力の話に戻すと、読んでも理解が進まない経験が初めてという人もきっといると思われます。なぜこれほどまで読みにくい言い回しをするのかと疑問に感じる点はさておき、解読・筆者・筆者の考え(思想)・本文の背景といった知識が加わることによって意味不明だった文章が腑に落ちる経験に変わりますよね。これこそが読解(解読)なのです。背伸びした事柄ほど一直線の理解(=原文を読むだけ)を目指してはならないと言う理由もここにあります。

 哲学ではない普通の具体性のある文章ではなんとなく読めてしまう、言っていることはわかる気がするという状態に陥りやすいため、自分自身の読解の問題点になかなか気づけません。かと言って、数学のような記号ばかりだとわからなくて当然と投げてしまうでしょう。ある意味、その中間に位置する哲学は「日本語の文章を読んでも理解できない」という経験を建設的な形で積めるというのが私の理屈です。個人的に「文章をたくさん読むよりも、いかに深い理解を伴った経験を積めたか」が成長に影響を与えている気がします。しかも「自分で一から調べ上げるのは大変」という点が本書なら高校生に合わせた難易度で完結しています。この経験を軸に、丁寧な理解を積み重ねていけば読解力は劇的に向上します。するはずです。

 これは認知科学的に言うと「スキーマ」と呼ばれる「個人の認識の枠組み」があり、読解力というのは自分自身のスキーマ以外から文章を読める、簡単に言えば相手の立場から考えられること(=自分以外のスキーマに適応する)を部分的には指すのだろうと思います。読解を正しく体験し、その後の多読によって自分以外のスキーマへの適応経験を積むことがおそらく読解力向上には不可欠。なので、自分の立場(認識や思考)から文字情報(文脈や意味)を単純に繋ぎ合わせるだけだとどこかで限界がある、言語(≒表現)の限界によって読解が阻まれてしまうのです(強引に埋めると誤読の危険がある)。ただし、現代文の問題を解くことだけで言えば、文章中の根拠を探し、論理構造からの推測も交えて「答えを絞り込む」という作業によってもある程度は埋められるので、読解の本質はそこにあっても現代文を解くことの本質とは少し乖離があります。読解が重要である点は押さえつつも、現代文を解くことの本質を追求すると『現代文 読解の基礎講義』をはじめ、一般的な参考書にある設問ごとの攻略法を併せて学ぶ必要があります。

しかし、抽象的思考は発達速度による限界を受けやすい気がしていて、簡単に言えば子供にとっては最も難しい話になってしまっていると思われます。京大の現代文では哲学・思想関連の文章が頻出することからも、そうした思考力を18歳の高校生が持っていることに稀少価値があると考えているのでしょう(=一般の高校生には難しい)。ですので、この方針による思考力の向上ではなく、語彙や背景知識の充実によって思考を開拓する、現代文を解くことを優先する方が現実的な判断とも思います。それでも上記の方針は陰ながら推奨したい。

ちくま評論・小説選一覧

 筑摩書房は現代文に定評があり、多読参考書が充実しています。そこで手元にあるものを簡単に紹介しようと思います。どれも現代文が苦手な高校生には少し重いかもしれませんが、思考に負荷をかけないと始まらないとしたら適切な難易度になっています。難しすぎるわけではありません。

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ちくま科学評論選科学をテーマにした評論文が32本集められています。理系学部の二次試験で国語が必要な大学は最難関に限られますし、必ずしも理系=科学評論というわけではありませんが、どの内容もおもしろいので読んでおきたい一冊です。
・科学の原理
・科学と非科学の境
・単純系vs複雑系
・ユクスキュルの環世界
・意識の不思議
・定理はどこに存在するのか
・数学は変貌する
――etc
ちくま評論選[二訂版]これは現代文頻出のテーマが満遍なく収録されています。ベーシックな多読参考書。
・社会問題としての倫理学
・動物化するポストモダン
・漱石のリアル
・象徴の政治学
・言語の経験
・幕末における視座の変革
・死の再定義
・友情の点呼に応える声
――etc
ちくま評論入門[二訂版]第一部で「段落相互の関係」や「対比」、「比喩」など評論文の基本的な読み方が解説され、第二部から評論選と同様の構成。
・話しかけることば
・触覚の倫理
・人工知能は椅子に座るか
・グーグルマップの世界
・交換と贈与
・感性は磨けるか
・日本文化の部分と全体
・他者の言葉
・空虚な承認ゲーム
――etc
ちくま小説選ピアノ―芥川龍之介
怒りの大気に冷たい嬰児が立ちあがって―大江健三郎
普請中―森鴎外
秘密―谷崎潤一郎
それから―夏目漱石
海と夕焼け―三島由紀夫
――etc
ちくま小説入門これは評論入門と同様です。
・ボッコちゃん―星新一
・ふたり―角田光代
・満月―吉本ばなな
・ひよこトラック―小川洋子
・裸になって―林 芙美子
――etc
ちくま評論文の論点21『Z会現代文キーワード読解』などに収録されている現代文用語を論点とする評論文を収録したものです。入試現代文の重要論点を実際の文章と共に押さえられるので受験生には特にオススメ。
・論点「アイデンティティ」―目玉ジャクシの原初的サッカー
・論点「共時性/通時性」―「私」のつながり
・論点「記号/差異」―言語から何を学ぶか
・論点「メディアリテラシー」―その情報はどこから?
・論点「生物多様性」―なぜ多様性が必要か
――etc
補足・すべて本文+解説の構成になっているため、読んで終わりにしない取り組み方ができます。
・改訂が全面刷新ではないため、重複が残る欠点があります。最新版の購入を推奨。
・小説は出版年を問いませんが、評論の場合は普遍的なテーマ以外は少し注意が必要。
・『ちくま評論文の読み方』にも注目。

 純粋な多読なら国語の教科書もオススメです。コスパも高い。ただ、筑摩書房の参考書には解説ページが設けられている利点が大きく、ここは一般的な現代文問題集と比べても優位性があります。そのため、中堅私大・地方国公立志望(=大人の学び直しなら高校課程修了目安)には第一に『CODEX 現代文精選問題集』で実践的に精読を学び、その後は筑摩書房の多読参考書で正しい読解を日課にする方針を有力視しています。本書「高校生のための哲学思想入門」も含む。正しい読解が身につけば、漢字・語彙・背景の知識問題が焦点になって現代文攻略の速度が一気に上がります。難関大を想定すると抽象的思考力にこだわりたくなりますが、仮にそうであっても遅かれ早かれ知識を充実させなければなりませんから後回しにしても問題は小さいと思います。他の科目の充実によって思考力が向上する面もありますからね。ちなみにテーマに関する知識は直接的に取り組むよりも、他の科目の勉強や授業、ニュースなど普段からアンテナを張っておく方が楽です。

多読の量に関しては個人差が大きいのですが、ひとまず1ヵ月は継続してみたいところです。それに現代文の文章を正しく読解できるようになったら、一般的な参考書の解説は余裕を持って理解できます。そして、この余裕(リソース)は深い理解に割かれていくのでさらなる成長が見込めます。

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