基礎から学ぶ統計学―レベル・難易度・特徴【レビュー】

タイトル基礎から学ぶ統計学
出版社羊土社
出版年2022/9/16
著者中原 治
目的統計学入門
分量335ページ
評価
レベル日常学習教科書基礎教科書標準入試基礎入試標準入試発展
※全統模試目安 [教科書基礎=40~45][教科書標準=45~50][入試基礎=50~55][入試標準=55~65][入試発展=65~70]
※入試基礎=日東駒専、地方国公立 入試標準=MARCH、関関同立、準難関国公立(地方医含む) 入試発展=旧帝大上位、早慶、医学部

対象・到達

【対象】
・統計学講義のある大学生、統計を学びたい大人、統計学初心者
・教科書のような参考書を探している人
・高校1~2年の数学を身につけている人(前提知識)

【到達】
・統計検定3級程度の体系的な知識と基本計算が身につく

 本書は2022年に羊土社から出版された統計学の入門参考書です。統計学の基礎から学べるものと言えば、本質的に学べる『統計学入門』、誰でもわかりやすく学べる『やさしくわかる統計学のための数学』『完全独習 統計学入門』、統計学の単位を取ることから数学検定などにも使えるものなら『1冊でマスター 大学の統計学』が有名になります。

 これらの入門書でも間に合っていると言えば間に合っていたのですが、本質的で初心者でも学びやすく、体系的にまとめられた参考書として、つまりは教科書のように学べる参考書として後発ながら本書が非常に注目を集めています。簡単に言うと、アカデミックな色の濃い『統計学入門』をベースに、カラー印刷で図解も多くなったものです。

 著者は北海道大学農学部の学部2~3年生を対象にした統計学入門の講義を担当しており、本書が出版されるまでに10年の歳月と数多の学生からのフィードバックをもとに推敲に推敲を重ねたそうです。そんな大きな労力に裏付けられるように、本書は統計学を学ぶ全ての人にとっての本格的な入門書としての地位を確立しました。したと言っても過言ではないと思います。

2025年現在、統計学は専用の教科書としての扱いはなく、知識としてなら小学算数、中学・高校数学で軽く触れられる程度です(確率分布や統計的推測)。数学の勉強をしたいなら中学・高校数学の教科書を取り寄せれば済む話ですが、それが統計学ではできなかった中での本書の価値は極めて高いと言えます。

本書の構成

序章 はじめに
第 I 部 統計的仮設検定の論理
 1章 検定の論理
 2章 検定統計量
 3章 第1種の過誤と第2種の過誤
第 II部 統計学の理論的基礎
 4章 平均・分散・標準偏差・自由度
 5章 正規分布と統計理論の初歩
 6章 t 分布と母平均 μ の95%信頼区間
第III部 母平均 μ に対する統計解析
 7章 関連2群の t 検定
 8章 独立2群の t 検定
 9章 P値
 10章 一元配置分散分析
 11章 多重比較
第IV部 2つの変数 x と y の間の関係
 12章 相関分析
 13章 単回帰分析

 序章「はじめに」では、統計学の必要性から始まり、散らばり(バラツキ)、基本的な用語と概念などを解説しています。こういった導入は珍しくありませんが、私たちが日常で見聞きするもの、イメージしやすいものが積極的に例として挙げられて図解されているのでわかりやすくなっています。

統計学の目的はシンプルです。統計学は、数が限られた観測値からなる標本を使い、母集団に対して推論を行う学問です。
基礎から学ぶ統計学 P24から引用

 ただし、本書では高校1~2年生の数学を前提知識にしているため、統計学以前に数学が大の苦手だった人が読み進めるのは現実的ではありません。例えば「統計学では散らばる数値(観測値)は、確率変数である」と仮定します、と述べられても確率や変数という数学では当たり前の用語理解が足りていなければ頭に入らないでしょう。

 本書で扱われている内容は統計学を扱う学部・学科なら文系・理系問わずに必須となる基礎的な内容ですが、文系・理系問わずに誰でも理解しやすいわけではなく、そもそも論として統計学を勉強したいなら高校数学から、高校数学を理解したいなら中学数学からという事情は避けられません。この点においては『やさしくわかる統計学のための数学』に優位性がありますが、統計学は数学である以上、統計学の本当の入門は中学・高校数学からと言った方が親切かもしれません。基礎体力がないままフルマラソンに挑むよりも、せめて完走できるだけの基礎体力があった方が実力に繋がるのは間違いありません。

本書では関数電卓やExcelを用いて学習を進める章もありますし、図を用いた方がわかりやすい概念の理解には積極的に図が用いられています。いかに統計学初学者が理解を深められるかの視点に立った配慮が数えきれないほどあります。

データに対する冷静な見方を養う

 大人の学び直しの観点から「統計学」を捉えると、政治や経済、医療、マーケティングなどの分野における主張、および主張を裏付けるデータを冷静に扱えるようになることの意義が大きいように思います。人間の直感や感情は現実を冷静に捉えられないことも多いため、客観的なデータを確認しなければなりませんが、このデータの確からしさを理解できないのなら確認しても意味がありません。信憑性に乏しいデータを提示されたことに気づけなければ、結局のところは再び自分の直感と感情の赴くままの評価を与えるだけです。

 しかし、現実にそうしたデータの確からしさも、主張の構成要素としての位置づけ(評価)も理解できる人はそう多くありません。今では小学算数から統計学の初歩の初歩に触れ、中学・高校数学では統計的な推測として基礎的な用語と計算を学びますから、一昔前に比べたら統計学的素養のある人は増えてきているものの、数学の一分野である以上は避けようと思えば避けられてしまいます。そして、そういう人が物事の判断を行う際には常に自らの経験と直感、感情に依存してしまい、ビジネスであれば最悪の場合は他人を巻き込んで損失を生み出すことだってあるでしょう。

統計学を勉強した人にしか見えない結論が明確にあるため、全く統計学を知らない人からしたら魔法のような学問に感じるかもしれません。だからこそ非常におもしろい。見る人によっては単なる数字の羅列にしか見えないものが有意になる瞬間は統計学の醍醐味に感じます。

 身近なところでは模試の偏差値です。客観的なデータ(偏差値)から正確な自己評価に結びつけ、その自己評価をもとに行動決定すること。「偏差値60だったから偏差値60の大学に合格できる」ではなく、それはどういった母集団だったのか、例えば進研東大入試オープンでは同じ偏差値60でも全く意味合いは異なりますよね。客観的なデータを正しく扱えた結果、自分の人生をより良く変えられるということが統計的な見方ひとつで起こせるわけです。しかもそこには再現性が付随し、他人に同様の価値を与えることもできます。

本書は高校数学から少しだけ背伸びした統計学の入門書ですから、ぜひとも高校数学を終えた人には取り組んでほしいと思います。大人の教養として、まずは高校までの科目、その後は大学の基礎教養へ進むと世の中の見方が良い意味で大きく変わります。微分積分や三角関数なんて役に立たないと散々言われることもありますが、そうした人でも統計学は実用性が高いのでオススメです。

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